親鸞(しんらん)さんとは?波乱万丈の親鸞聖人その生涯とは?簡単にお答えします。
親鸞さんは日本仏教でも有名な方ですよね。名前は聞いたことあるけどどんな人?という方もいらっしゃるかと思います。そんな方の疑問に簡単にお答えします。
ご参考になれば幸いです。
「親鸞」さんとは?
親鸞(1173~1262)さんは、鎌倉時代前半から中期にかけての日本の仏教家で、浄土真宗の宗祖とされ、一般的には親鸞聖人(しんらんしょうにん)と呼ばれています。
「親鸞」さんの生涯
親鸞さんは、京都の伏見区で誕生します。4歳で父、8歳で母と死別し、9歳で出家し比叡山に入山します。以後20年、ひたすら厳しい修行と学問に励まれます。
そして29歳の時、比叡山では悟りに至る道を見出すことができなかったことから、下山を決意します。比叡山を離れた親鸞さんは、法然さんのもとを訪ねます。この出会いが生涯の師と仰ぐ法然上人との出会いと、阿弥陀仏の救いを得ることとなります。
法然さんの弟子となり修行に励む親鸞さんは31歳の時、師匠の勧めで結婚、妻帯します。当時、僧侶には、肉食と妻帯が禁じられていました。しかし、どんな人でも救われるという教えを実行証明するため禁を破られたのでした。
ただ仏教界からは、多くの非難を浴びることになります。身分を問わず、たくさんの人々に教えを説いてゆく親鸞さんですが、35歳の時、仏教界からの反発と権力者からの怒りを買うことになり布教は禁止、僧籍を剥奪され、法然さんの教団は解散、死刑4名、法然さんと親鸞さんを含む7名の弟子は流刑となりました。
法然さんは、土佐(高知)、親鸞さんは越後(新潟)へと流されます。
5年後、京都で法然さんは亡くなるのですが、流罪が許された親鸞さんは、法然さんの死を知ると嘆き悲しみ、京都には行かず関東へ向かわれました。
それから20年間、非僧非俗として常陸(茨城)の稲田を中心に念仏の教えを広く伝えてゆきます。
そして60歳の頃、京都に戻り、多くの著書を残します。誤った教えを広めた長男の善鸞(ぜんらん)と親子の縁を切るという悲しい出来事もありましたが、念仏の教えを伝え続け、この当時では、かなりの長命の90歳でお亡くなりになられました。
その没後、浄土真宗が定められたということです。
「親鸞」さんまとめ
親鸞さんの教えとは、「平生業成(へいぜいごうじょう)」生きていることに感謝して、生きていることに幸せを見出すこと。
浄土真宗とは?
浄土真宗とは、日本仏教最大の宗派で、仏の頂点とされる阿弥陀如来が約束されたという、すべての人を差別なく幸福にするという思いを信じ、守り、伝えてゆく宗派です。
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