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浄土宗の開祖「法然」さんとは?その疑問に簡単にお答えします。

 

    浄土宗総本山知恩院

 

浄土宗の開祖「法然」(ほうねん)さんとは?その疑問に簡単にお答えします。

 

南無阿弥陀仏(なむあみだぶつ)と唱えれば誰もが救われると説いたその人「法然」さんですが、南無阿弥陀仏は知ってるけど、法然さんはよくわからないという方もいらっしゃるかと思います。そんな方の疑問に簡単にお答えします。

ご参考になれば幸いです。

 

 

「法然」さんとは?

 

法然(1133~1212)さんは、平安時代末期から鎌倉時代初期の僧で、浄土宗の開祖です。念仏を唱えれば、どんな人でも救われると悟り、どんな身分の人とでも差別なく交わり、教え導いたといわれています。

 

「法然」さんの生涯

 

法然さんは現在の岡山県で生まれ、9歳の時に武士によって父を殺されてしまいます。その時、お父さんは仇討などせず、武士を捨て僧侶になれとの遺言を残します。

僧侶でもある叔父さんのもとに預けられた法然さんは学問を学んでゆき、その才能に気付いた叔父さんは、当時の仏教の最高学府であった比叡山に行くことを勧めます。

そして13歳の時、比叡山に登り、源光さんのお弟子さんになります。しかし、吸収の早い法然さん15歳の時、源光さんが教えることはもうないと言って、皇円(こうえん)さんに託されます。

3年間学んだあと、方向性の違いから皇円さんのもとを離れ、叡空(えいくう)さんの弟子となり厳しい修行と勉学に励み、法然房源空(ほうねんぼうげんくう)という僧名を授かります。

周りからの絶大な評価を得る一方、法然さんの葛藤は続きます。自分の求めるものが見つからない。そんな中、中国の善導さんという僧の言葉に出会い、そこから南無阿弥陀仏と唱えればすべての人が救われるとの悟りが生まれます。

そして43歳の時、師である叡空さんのもとを去る決意をし比叡山を下り、人々に念仏の信仰を広めてゆきます。そして、あらゆる人々に教えを説き、救いの手を差し伸べた法然さんの教えは、どんどん広まってゆきます。

しかし勢力拡大が内部荒廃と宗教対立をも拡大させてゆき、75歳の時、罪を着せられ後鳥羽上皇の怒りを買い、僧籍を剥奪された上、藤井元彦という俗名をつけられ四国への流刑を課せられます。この時、法然さんと親鸞さんを含む7人の弟子も流刑を課せられ、親鸞さんは現在の新潟県へ流されます。

しかし法然さんの赦免の嘆願があり10ヶ月で赦免されます。そして80歳の時、京都にてお亡くなりになりました。

 

 

「法然」さんまとめ

 

念仏を唱えるだけで極楽浄土へゆけるとする法然さんの教えは、困難と不安の中にいた人々の救いとなりました。また、身分など関係なく誰もが等しく救われるとする教えにも多くの人々が感銘を受け、社会的に差別されていた人々の支持も集めました。法然さんの教えは、日本の仏教のあり方に大きな変化をもたらし、人々の思想にも大きな影響を与えられました。

 

 

浄土宗とは?

 

浄土宗とは、法然さんを開祖とし、阿弥陀如来をご本尊とする宗派で、南無阿弥陀仏(どうぞ阿弥陀様お救いください)と念仏を唱えれば誰でも救われるという教えです。

 

以上、浄土宗の開祖「法然」(ほうねん)さんとは?その疑問に簡単にお答えします。でした。

ご参考になれば幸いです。

ありがとうございました。。。

 

 




法然―イエスの面影をしのばせる人 (こころの本)


法然の哀しみ(上)(小学館文庫)

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法然の哀しみ(下)(小学館文庫)
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